
エンリコ・フェルミ(Enrico Fermi)は物理学の泰斗である。
量子力学、原子核物理学で非常に高い功績を残しており、天然に存在する原子に中性子をぶつけることで40種類以上の放射性同位体を新たに生みだした。1938年にはノーベル物理学賞も受賞している。
また、おおざっぱな見積もりを出す「概算」を得意としいた彼は、「地球上にアリは何匹いるのか」や「A町にあるガソリンスタンドの売り上げ」など、一見すると想像もつかないような数を推察するフェルミ推定を生み出した。アラゴモ―トで最初の原子爆弾が爆発した際には、そばにあった紙を爆風にさらすことで爆発のエネルギーをいちはやく算出したという逸話も残っている。
1950年、ニューヨーカー誌の最新号に空飛ぶ円盤(フライング・ソーサラー)の情報が掲載されていた。アメリカでは1940~1970年代にかけて多数の未確認飛行物体が目撃されている。同僚と昼食をとりながら雑談していた彼はある言葉を口にした。
「で、みんなどこにいるんだい?(But where is everybody?)」

この広大な宇宙には数多くの惑星があるのだから、地球外生命体がたくさんいてもおかしくない。その中のいくつかは、他の惑星を行き来できるほど高度な技術文明を持っているかもしれない。にもかかわらず我々地球人とそのような文明が接触した証拠がどこにもない。
この矛盾が、かの有名な「フェルミのパラドックス」である。
知的文明の数を推定する「ドレイク方程式」
少しわき道にそれるが、フェルミ推定について少しだけ説明する。
実際にフェルミが出題した有名な問いに「アメリカのシカゴには何人のピアノ調律師がいるか」というものがある。先にも述べた通り、フェルミ推定の目的は大体の値を出すことであって厳密な正解を出すことではない。既知の情報から論理的に仮説を積み上げていくことが重要なのである。概算方法は以下のようになる。
このような概算方法をフェルミは地球外生命体にもあてはめ、宇宙の年齢、星の数、最終的に「地球外生命体はいるべき」とする結論にいたったようだ。
フェルミたちの雑談から10年後の1960年、人類が本当にひとりぼっちなのかという命題に関心が寄せられるようになり、科学的な試みが多数行われはじめた。
中でも有名なのはフランク・ドレイク(Frank Drake)が主導した「オズマ計画」だ。彼はアメリカ国立電波天文台の26mの電波望遠鏡を用いて、地球外生命体が発した電波をキャッチしようとしたのである。実験対象には、地球からほど近い距離にあるくじら座T星とエリダヌス座ε星が選ばれた。残念なことに信号を受け取ることはできなかったが、この試みは後続に引き継がれることとなる。
この計画に際してドレイクは、人類とコンタクト可能な技術文明がどれだけあるかを概算するために、「ドレイク方程式」を提案した。文献によって項目数が変わるが、主に7~9個の変数で構成されている。その式は以下のように表される。
N = R*×fp×ne×fl×fi×fc×L
銀河系で1年間に誕生する恒星の数を「R*」、その恒星が惑星をもつ割合を「fp」、その恒星内でハビタブルゾーン(地球と似た生命の生存可能領域)にはいっている惑星の平均を「ne」、その惑星で生命が誕生する割合を「fl」、誕生した生命が私たちのように知性を持つレベルまで進化する割合を「fi」、知性を持った生命が星間通信をおこなう割合を「fc」、最後に、その技術文明の存続期間を「L」、これらすべてをかけあわせた「N」が求めたかった『星間通信可能な地球外文明の数』だ。
提唱者であるドレイクはそれぞれの値を次のように評価した。
名前 | パラメーター | 予想 |
---|---|---|
R* | 10[個/年] | その生涯を通じて、年間10個の恒星が誕生する |
fp | 0.5 | 恒星の半分は惑星を持つ |
ne | 2 | 恒星系の持つ惑星は平均2個、ハビタブルゾーンに位置する |
fl | 1 | 生存に適した惑星では100%生命が誕生する |
fi | 0.01 | 生命が誕生した惑星では1%の確率で知性もつまで進化する |
fc | 0.01 | 知性ある生命の1%は星間通信可能な文明を持つ |
L | 10,000[年] | 星間通信可能な文明は1万年存続する |
N | 10[個] | これらの値を式に代入すると、私たちが住む銀河には星間通信可能な文明が10個存在する計算となる |
ドレイク自身は10個ほどと推定したが、研究者の間では最終的な見積もりにばらつきが出ている。だが重要なのは、各変数に研究者たちが見積もった値を代入すると、多くの場合でN>1になることである。このことは私たちが孤独ではなく、銀河のどこかに地球外生命体がいることを暗示している。
地球外生命体との接触がない理由
にもかかわらず、私たちは孤独のままだ。ドレイクが方程式を提案してから、すでに60年以上が経過した。その間に、探査技術の発達によってより大規模な探査が行えるようになった。しかし、現在に至るまで地球外文明はおろか、生命のいる惑星すら発見できていない。この矛盾は多くの天文学者を悩ませ、科学的な意見からオカルトじみた憶測まで、様々な仮説が提唱されては反駁を繰り返している。
鍵は地球人にあり
ドレイク方程式の問題点は、不確定な要素が多く、その影響力が大きいことだ。
初めの2項、「誕生する恒星の数(R*)」と「恒星が惑星を持つ割合(fp)」は、大型電波望遠鏡などを用いた探索によって、確かな値を得ることができる。ドレイク方程式ではこの2項を基礎として推論を積み重ねる必要がある。
問題なのは、この方程式においてもっとも影響力が大きいかつ不安定な「星間通信可能な文明の継続期間(L)」で、これは完全にあちら側に依存している。Lが大きくならない限り、Nはわずかな値にとどまってしまう。例えばドレイクが見積もった条件を「L=1,000[年]」に変更すると、答えは「N=1[個]」に変化し、地球人以外に生命がいないことになってしまう(この答えも断然あり得る)。その文明の通信可能期間が、私たちが孤独か否かを証明する重要なカギとなるのだ。文明の破滅方法には様々な可能性が考えられるが、主に核戦争の類による自滅をどう回避するかに焦点が当てられている。
地球文明は電波を用いた無線通信技術の誕生からまだ100年ほどしか経過していない。この100年の間に技術は飛躍的に発展したが、それと同時にabc兵器(a=水素爆弾、原子爆弾 b=生物兵器 c=化学兵器)など人類の生存を脅かすものも登場した。
この先9900年の間、人類は破滅を回避できるのか、はたまた絶滅の道を歩むのか。ドレイク方程式の「L」をどう埋めるかは地球人にかかっている。