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ビッグバン以前から誕生していたとされる恒星「メトシェラ」とは?

人類史において『宇宙の誕生』は(宗教的に)大きな意味を持ち、古来より様々な仮説が立てられてきました。2021年現在では『宇宙は超高温高密度の点から始まり、膨張したことによって低密度低温の現在の宇宙ができた』とする「ビッグバン理論」(Big bang theory)が一般的です。

その起源は約138億年前だとされています。

しかし、そんな宇宙の年齢よりも古い可能性がある星が地球の比較的近くに存在するのです。

既知のもので最も古いとされるHD 140283、通称「メトシェラ」。その年齢は宇宙の歴史に匹敵するかそれ以上だと推測されています。すなわちビッグバン直後か宇宙誕生以前から存在していたということになります

宇宙よりも先に星が生まれるなど本当にあり得るのでしょうか。

エンシェントワン「メトシェラ」

ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた最古の星「HD 140283」別名メトシェラ。credit : Digitized Sky Survey (DSS), STScI/AURA, Palomar/Caltech, and UKSTU/AAO

「HD 140283」は人類が1世紀以上にわたって観測を続けてきた由緒正しい星で、地球から190.1光年と、比較的近い場所に位置しています。

半径は太陽の2,04倍、質量0.8倍、絶対等級が3.37で太陽の4.83よりも低いにもかかわらず表面温度は5500℃と太陽と同等の熱を発しています。(内部の観測ができていないため理由は不明)

水素とヘリウムで大部分が構成されていますが、少ないながら金属を含んでいます。このため種族Ⅲではなく種族Ⅱに分類されています。

太陽のように重元素が大量に含まれている恒星が種族Ⅰ。微量だが重元素を含んでいる恒星が種族Ⅱ。ビッグバンによって生成された水素とヘリウムのみで形成されている恒星が種族Ⅲに分類される。種族Ⅲの星はすでに”燃料”を使い果たしていると推察されており、いまだ仮説上の存在となっている。

ちなみにこのメトシェラは固有運動が大きいことでも知られており、時速130万キロメートルもの速さで太陽系内を通過しています。数時間足らずの観測でも移動していることが分かるとのこと。最終的には天の川銀河のハローと呼ばれる領域に帰っているそう。閑話休題。

さて、ここまでなら何の変哲もないありふれた恒星なのですが、メトシェラの存在によって現代物理学はある問題に悩まされることとなりました。それを説明する前にまずは名前から紐解いていきましょう。

メトシェラ(Methuselah)は旧約聖書の「創世記」に登場した「ノアの方舟」で知られるノアの祖父にあたる人物です。それと同時に聖書において最も長生きした人物として知られています。

その年齢、実に969歳!

この圧倒的な寿命の長さからキリスト教やユダヤ教においては長寿のシンボルとして使われることもあるとか。

では話を戻して、なぜ天体にこのような名前が付けられたのかというと 、それはHD 140283 が既知の宇宙で最も古い星だからなんです

ESAによる最初期の観測ではメトシェラは、「最低でも140億年を超えている」との結果が得られていました。これは宇宙の年齢138億年よりも古いことになるため、明らかな矛盾が生じています。

星の年齢予測は多数の議論を巻き起こしました。標準宇宙モデルが間違っているのではないか、メトシェラまでの距離を見誤ったのではないか、ハッブル定数減速定数などの宇宙の年齢を決定づける宇宙論パラメーターにズレが生じているのではないか等々。

天文学者らはジレンマに陥りました。

本当は何歳?

メトシェラの年齢が160億年だとすると重大な問題が発生する。そこで天文学者はメトシェラの評価をやり直すことにしました。幸いなことにメトシェラは地球からほど近く、光度も高いため観測は容易です。

評価に役立ったのは、おなじみの観測機器「ハッブル宇宙望遠鏡」です。

ハッブル宇宙望遠鏡は1990年に打ち上げられた宇宙望遠鏡で、天文学者や物理学者に大変貴重なデータを提供しつつ、地上からでは困難な解像度の高い画像を私たちに届けてくれるいわば宇宙を見る千里眼です。

2003年から2011年にかけて集めた観測データを精査することで太陽系からメトシェラまでの距離を正確に測定することが可能となりました。

また、メトシェラを構成している物質の見直しも行われ、鉄に含まれる酸素の量が当初の想定よりも豊富であることもわかりました。最初期の宇宙には水素とヘリウムしか存在しなかったため、これ以外の元素は核融合によって生み出され、超新星爆発によって飛散したものです。

つまり、星に含まれる重元素と水素・ヘリウムの比率を調査することで、その星が生まれた年代を測定することができるのです。(メトシェラの重元素保有量は太陽の250分の1とごくわずか)

2013年に発表された論文によると、メトシェラことHD 140283の年齢は144.7億±8億だと推察されました。

誤差の部分を都合よく訳せばメトシェラは宇宙誕生からほどなくして生まれた天体ということになり、『ビッグバンよりも前から星が存在していた』という矛盾を解消することができます。

こうして、(宇宙そのものの年齢に関する問題が残っているものの)メトシェラをめぐる問題はひと段落したのでした。

最新の年代測定~実は最古の星じゃなかった~

2021年5月25日、(プレスリリースですが)最新のメトシェラの年齢が発表されました。

この研究は、ジョージア州立大学が所有する高角度分解能天文学センター(CHARA)の干渉計PAVOを使用して恒星のパラメーターを更新することを目的としており、最新の観測システムや恒星用実験モジュール(MESA)などを駆使して測定が行われました。

これにより、メトシェラの質量は太陽の0.809倍、年齢は120,1億±0.5億と報告されました。発見当初の測定よりも大幅に若いということです。

残念なことにこのデータが正しければ、メトシェラことHD 140283はもはや最古の恒星ではないことになります。

年齢が130億年を超えていると推定される天体は複数個確認されており、「HE 1523-0901」と呼ばれる恒星は132億年前に形成されたと言われていますし、2018年に発見された「2MASSJ18082002–5104378B」は誕生してから135.35億年±0,02億が経過しているとされています。

双方とも極端に重元素が不足している種族Ⅱの天体です。

最古の恒星の称号である「メトシェラ」は他の星の方がふさわしいのかもしれません。

・spece.com 「How Can a Star Be Older Than the Universe?」

https://www.space.com/how-can-a-star-be-older-than-the-universe.html

・nature 「宇宙と同年代の星を発見」

https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v10/n3/%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%81%A8%E3%81%BB%E3%81%BC%E5%90%8C%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E3%81%AE%E6%98%9F%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A6%8B/44553

・The Astronomical Journal 「HD 140283: A STAR IN THE SOLAR NEIGHBORHOOD THAT FORMED SHORTLY AFTER THE BIG BANG*」

https://iopscience.iop.org/article/10.1088/2041-8205/765/1/L12

・nature 「Nearby star is almost as old as the Universe」

https://www.nature.com/articles/nature.2013.12196

・NASA 「Hubble Finds Birth Certificate of Oldest Known Star」

https://www.nasa.gov/mission_pages/hubble/science/hd140283.html