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【色彩の科学】歴史的に危険とされた色彩3選「鉛白」「シェーレグリーン」「オレンジ」

人類は古くから色を利用し、ある時に自然由来のものを利用し、ある時に人工的に色を作り出してきた。

しかし残念なことに、その中には人を死に至らしめる危険な色が歴史的に存在する。

今回は、人類が作り出したかつて無害だと思われていたが実は危険だった色を3つ紹介する。

鉛白~最古の白~

最初に紹介するのは、人類がもっとも古くから使用してきた白色顔料、鉛白だ。その歴史は古代ローマ・ギリシアにまでさかのぼる。

そのころから製法が確立しており、資料によると

①壺の底に弱酢酸(おそらく果実由来)を注ぎその上に鉛を置く。

②その壺に堆肥を入れ、数カ月放置する。その間錆のようなものが発生するため削り落とす。

③①と②を繰り返し、削り取ったものを長時間煮詰めて最後に底に残ったものが鉛白となる。

という工程を踏んでいたようで、現在では「オランダ製法」(Dutch-process)と呼ばれている。

女性や役者がメイクのために使用する化粧品として当時から重宝されてきたが19世紀に入り産業が大きく発展すると、様々な用途で使用されるようになった。車の塗装、家の内装、画家の白色絵の具など大きな需要があったという。

だが、「鉛白」という名前からもわかる通り主成分は鉛(正確には塩基性炭酸鉛)であり、人体に有毒である。

飛散した粉末を吸引したり、長時間皮膚に接触させた人たちは鉛中毒に苦しむこととなった。鉛中毒は、頭痛、めまい、嘔吐、貧血、腎臓の損傷を引き起こし、最悪の場合死に至る恐ろしい病だ。

鉛白の使用用途が多角化するとともに、中毒者の数も急速に増加した。特に悲惨だったのが製造業者と塗装業者で、彼らは職業上長期にわたり鉛白を吸い込んだことで多数の死者が出たと伝えられている。また、経年劣化などではがれた塗装が原因と見られる幼児の鉛中毒も多数確認されている。(住宅の内装が原因だとは考えられていなかったらしい。)

これらの事実にも関わらず鉛白の使用は承認された。当時ほぼ唯一の高白色ということもあっただろう。結局、1970年代に法律で禁止されるまで使用され続けた。

ヨハネス・フェルメール作『牛乳を注ぐ女』 フェルメールの著名な作品の一つで重量感や錯視技法の精密さが高く評価されている。鉛白は頭巾を表現するために使用された。
レンブラント・ファン・レイン作 『イサクとリベカ』 この絵には6ミリもの厚塗りが施されており、鉛白も含まれている。大胆な厚塗り手法と色彩はヴィンセント・ヴァン・ゴッホを勇気づけたという。

余談だが鉛白と同様に鉛中毒と人間にもそれなりに深いつながりがあり、酸っぱいワインを甘くするために鉛でコーティングされた鍋で煮詰めていたため、ワインに酢酸鉛(鉛唐)が溶けこむといった事態が各地で相次いた。

当然、それを飲んだ人は慢性的な鉛中毒となった。ローマ帝国がゴート族に侵略された要因の一つに鉛中毒を挙げる歴史家もいる。閑話休題。

シェーレグリーン~死の緑~

次に紹介するのはシェーレグリーン(Scheele’s Green)とパリグリーン(Paris green)だ。この2つの顔料は鉛白よりも高い致死性を持っている。

左:シェーレグリーン 右:パリグリーン credit:結晶美術館、シェーレグリーンとパリグリーン

シェーレグリーンは、スウェーデンの化学者兼薬学者であるカール・ヴィルヘルム・シェーレが1778年に合成に成功した化合物で、亜ヒ酸ナトリウム溶液と硫酸銅を混ぜて生産された。発色のいい緑色が特徴的だ。

「緑色など自然界にはいくらでもあるのではないか」と思うかもしれない。しかし、シェーレグリーンが作られた当時は緑色の顔料が乏しく、それらの多くが淡い青緑や暗い緑でシェーレグリーンのような明るく、鮮やかな緑色顔料はどうしても作り出せなかった。

またこれはまったく個人的な憶測だが、取れる量や品質にバラつきがある自然由来の顔料と違い、安定して安価なものを製造できたことも大きいだろう。

この美しい緑はたちまち人気となった。壁紙や衣類の着色、絵の具、本の装丁、果てはケーキのデコレーションや子供のおもちゃなどいたるところで使用された。 

さらに1805年にはシェーレグリーンの上位版であるパリグリーンが発明される。パリグリーンはシェーレグリーンの弱点であった耐久性が改善された緑色顔料であり、シェーレグリーン同様飛ぶように売れた。

植物への関心が急激に高まっていた19世紀イギリス、ヴィクトリア朝では特に大きな需要があり、これらの染料で染められた壁紙が好んで使われていた。

ゲオルグ・フリードリッヒ・カースティング作 『刺繍をする女性』 部屋の壁紙には当時流行していた緑色が一面に塗られている。

しかし、しばらくして雑誌や新聞などでこんな記事が掲載されるようになる。

「緑色の粉末を素手で塗布していた女性労働者が急死し、体内からヒ素が検出された。」「緑色のケーキを食べた子供が死亡した。」などの衝撃的なニュース記事だ。

勘のいい方ならわかる通り、これらの深刻な健康被害は顔料に含まれるヒ素(三酸化二ヒ素)が引き起こしたものだった。

ヒ素化合物は無味無臭、無刺激性でありながら有毒性が高く、摂取すると皮膚疾患、神経疾患、多臓器不全をもたらす原因になる。

当時でも医療関係者の間でヒ素に毒性があることはすでに認知されていた。報道機関や女性活動家の動きも活発になったことで緑色の顔料に対する世間の目はだんだんと変わっていき、ドイツやフランスで顔料を禁止する法律が可決される運びとなった。(イギリスは自由主義の観点からか立法には踏み切らなかった)

イギリスの雑誌に掲載された風刺画「ヒ素のワルツ」。服やアクセサリーに含まれるヒ素の有毒性を表している。

ちなみに、(本記事も含めて)度々悪者として登場するヒ素だが、長い歴史の中で有用な利用方法がいくつか考案されている。そのうちの一つがサルバルサン(C12H12As2H2O2)だ。サルバルサンは1910年にドイツの医学者兼生化学者であるパウル・エールリヒと日本の細菌科学者である秦佐八郎が合成したヒ素化合物で梅毒の特効薬として世界的にその名が知られている。

この化合物は、『人体自体には影響を与えずに梅毒の原因菌のみに有効作用する』という特徴から「魔法の弾丸」とも呼ばれており、そのような薬剤を人工的に合成することが可能であると証明したことが高く評価されている。副作用があるため現在は使用されていない。

ウランが作り出すオレンジ~命を蝕む色彩~

最後に紹介するのは陽気な雰囲気を醸し出す色『オレンジ』だ。

『ウラン』と聞くと原子力発電所などに使用されている危険な物質として避ける人も多いだろう。しかし蛍光染料が貴重であったころ、放射線物質を用いた着色は一般的であった。

アメリカ・ウェストバージニア州のHomer Laughlin China Company(H.L.co)もその例にもれず、1930年代に安価でカラフルな食器であるフィエスタウェア(Fiestaware)を製造、販売しており、その釉薬には酸化ウランが含まれていた。

最初期のラインナップは5つ(オレンジレッド、コバルトブルー、グリーン、イエロー、アイボリー)で、この中のオレンジレッドとアイボリーに釉薬が含まれており、特にオレンジレッドは同時期に作られた製品の中でも高いレベルの放射線を放っている。

酸化ウランは危険な物質だが、それらが作り出す美しいオレンジ色には抗いがたい魅力があった。

第二次大戦中はアメリカ政府が原子爆弾開発のためにウランを管理するようになり在庫もろとも没収されたが、戦後に規制が緩和されたため製造を再開。その際に染料の成分を天然同位体比のウランから劣化ウランに変更した。(劣化ウランは天然同位体比が少ないものを指す)

長年愛されたこの製品だが、現在はアメリカ合衆国環境保護庁がこれらの骨董品に食事を載せて摂取することを禁止している。特に劣化ウランは体内に入ると内部被ばくにより生細胞や臓器に深刻な影響を引き起こす恐れがある。ただし、高い放射線といっても劣化ウランが放つのはα線で、これは紙一枚隔てただけで容易に遮断できるため、飾ったりする分には問題ないとのこと。

現代の顔料は安全なのか

ここまで過去の事例を取り上げてきたが、近年ではどうなのだろうか。

結論から言うと、現在は急性毒性が強い顔料は使用が制限されています。カドミウム系顔料は毒性があるものと考えられていますが、半数致死量は5,000mg/kgと影響は少ないと考えられている。製品ラベルにも「毒性注意記号」が表記されているため、警告に従えば安全に使用することができるはずだ。

顔料に限らず、大抵の物質は過剰に摂取すれば毒となります。メーカーが定めた方法以外での使用は控えましょう。

ちなみに、シルバーホワイトなどの顔料にはいまだに鉛白が含まれているため、鉛中毒にかかる人が少数ながら現存する。