
深海魚の中でも有名な部類に入る「アンコウ」。そのあんぐりと開けた大きな口と他の生物には見ない特有の提灯は深海においてもかなり異彩を放っています。
しかし、彼らのもっとも異質な点は繁殖戦略にあります。
彼らが採用している方法は、小柄なオスが大型のメスに噛みつき、永久に一体化することで精巣をメスに譲り、いつでも卵を生むことができる環境を作り出すというものです。
この戦略は「性的寄生」と呼ばれ、広大な深海をさまよい続け、ようやく見つけたメスを離さないようにするために進化したものとだと言われています。
しかし、こんなアグレッシブな方法をとれば当然、免疫機能が拒絶反応を起こします。適合しない臓器を移植された人間がどのような末路をたどるのかを考えるとわかりやすいでしょう。
「何故、アンコウのオスはメスの免疫機能に弾かれないのか」。
この謎は、1920年にアイスランドの水産生物学者が性的寄生を発見してから、約100年の間謎となっていました。
しかし、最新の研究により、性的寄生を行っているアンコウ種には抗体を作り出す遺伝子と免疫システムの要となるキラーT細胞の機能が欠損、もしくは鈍くなっていることが明らかとなりました。

1世紀にもわたる謎を解き明かすべく、ドイツ・マックスプランク研究所の研究チームは、世界中から収集した10種、31組織のサンプルのゲノムを分析しました。
チームは水深1000メートル付近で標本を捕獲する予定でしたが、アンコウはレアであり、捉えにくいため、博物館の標本や保存料に漬けたアンコウを持っていた他の研究室を探し回ったとのこと。
分析の結果、オスと永久に一体化する種は免疫機能に必要な遺伝子情報を多く含む主要組織適合性抗原(MHC抗原)が存在しない上、キラーT細胞の機能も著しく鈍っていることが判明しました。
主要組織適合性抗原とは抗原提示を行うことで細菌や感染症、臓器移植の際の拒絶反応に関与し、免疫にとって非常に重要な働きをする糖タンパク質です。
これにより産出される抗体とキラーT細胞は免疫応答における主要な武器であり、人間がこれらを失えば即座に感染症に侵されてしまいます。
想像がつきにくいですが深海には数十万種以上の未知のウイルスが存在していると言われています。さらに深海性の生き物から寄生虫が見つかる例も報告されており、深海といえども病気と無縁というわけではありません。
しかし、どうやらアンコウは免疫がなくとも感染症と戦うことができるようです。
そのため、チームは「アンコウには異常に効果的な未知の自然免疫が備わっている」と結論付けました。
もしもこれが本当だとすると、過去に考えられていた「自然免疫系と適応免疫系の両方を獲得した生物はそれが害を及ぼさない限り排除できない」という進化論が覆されることとなります。
おそらく深海に住むアンコウにとって、オスを永久に取り込むことのほうが遥かに有益であり、既存の免疫システムを投げ捨て、より柔軟性の高い未知の免疫システムのほうが魅力的だったのでしょう。
今のところ、アンコウの免疫システムの詳細は解明されていませんが、今回の研究結果はキラーT細胞や抗体に依存しない方法で感染症と戦うことが可能であることを示しています。
この未知の免疫の仕組みを明らかにできれば、遺伝性または後天性の免疫不全を持つ患者が自然免疫を獲得する大きな手助けとなるでしょう。
ひょっとしたらアンコウの研究は、人類に恩恵を与える非常に重要な分野なのかもしれません。
この研究はScience紙に掲載されました。
参照:MPG / sciencealert