
ヒトとサルの差異は数多く存在しますが、その中でも最たるものは「脳の容量」の違いでしょう。
ヒトの大脳新皮質は近縁種であるチンパンジーの3倍の容量を誇っており、それにより学習、思考、情緒などの精神活動を行えるようになりました。
故に、ヒトがなぜこのような巨大な脳を持っているのかを理解することは進化生物学的最重要課題と言っても過言ではありません。
そして今回、サルの1種であるマーモセットの胎児にヒト固有の遺伝子を組み込んだところ、脳の一部である「新皮質」が巨大化しただけでなく、ヒトど同様に脳を折りたたむ機能まで追加されることが発表されました。
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ヒト特異的遺伝子の登場

この遺伝子はヒトのみが保有する47のアミノ酸配列を構成することができ、脳幹細胞を増殖させるのに不可欠な遺伝子であることが知られています。
人間の新皮質が知的活動に大きな影響を与えていることから考えると、この遺伝子は人類の進化において重要な役割を果たしたと言えるでしょう。
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サルを「ヒト」へ

以前の研究では、マウスやフェレットにこの遺伝子を導入することで新皮質を拡張することに成功しています。
しかし、この実験は遺伝子を過剰発現を利用したものであったことから、遺伝子ではなく他の要因が関係している可能性を排除しきれずにいました。
それに加えて、そもそも霊長類を使用した実験ではないため、この遺伝子が私達の祖先にどのような影響を与えたのかを知ることが出来ませんでした。
そこで研究チームは、一般的なマーモセットの受精卵にヒト特異的遺伝子「ARHGAP11B」を組み込み、その経過を観察することにしました。この時の遺伝子の発現量は人間の脳と同等になるようにしています。
その結果、受精から100日経過した時点でマーモセットの新皮質が肥大化し、ヒトのように脳が折りたたまれていることが確認されました。
さらに、複雑な大脳新皮質の特徴ともされる神経前駆細胞の1種である外側脳室下帯の基底放射状グリア前駆細胞と上層ニューロンの数の増加が見られたのです。これらの結果からチームは、「ARHGAP11B遺伝子がヒト大脳新皮質の肥大化及び進化的拡大に重要な役割を果たしていると示唆している」と結論づけました。
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倫理的考察

ヒトに近い生物で実験を行う際には自ずと「倫理」の壁が立ちはだかります。
過去に人工的に脳を作り出す実験が存在しましたが、成長した場合に「自我」を持つことが想定されたために実験の継続が困難となってしまいました。
今回の実験においても、研究者たちはこの遺伝子がマーモセットの新皮質に影響を与えると予想していたため、研究を胎児に限定しました。
さらに倫理的な問題が生じることを危惧して、遺伝子を組み込んだ胎児を出産50日前に中絶処分を施したため、残念なことにヒト遺伝子が組み込まれたマーモセットが生まれてくることはありませんでした。
「どんな変化が起こるのか想像がつかなかったため、それらが生まれてくる最初のステップとしては我々は少々無責任すぎたのかもしれない」と研究に筆頭書であるハットナー氏は述べています。
この研究はscience誌に掲載されました。 参照:INVERSE / Max-Planck-Gesellschaft