Electigmaについて

100年以上未解決のままだった「なぜ全身麻酔で意識がなくなるのか」という謎がついに解明される

全身麻酔は患者をストレスから守り、手術を安全に行うことを目的とした重要な医療技術です。

西洋における初の全身麻酔を用いた手術は1846年に行われました。

ウィリアム・T・G・モートンがマサチューセッツ総合病院で行われた頚部腫瘍の患者の公開手術は「エーテルドーム」と呼ばれ、この手術の成功によって全身麻酔の有効性が全世界に知れ渡る事となります。

最初の全身麻酔を用いた公開手術を描いた場面、ロバートC.ヒンクリーによる「エーテルの下での最初の操作」credit : フランシスA.カウントウェイ医学図書館/ハーバード大学医学部/スクリップス研究所

以降、様々な改良が加えられ、約175年にわたってこの手法は利用されてきました。にもかかわらず「なぜ全身麻酔によって患者の意識が喪失するのか」ということは不明のままであり、誰もそのメカニズムを説明することが出来なかったのです。

しかし、最新技術と過去の医者たちが残したデータによってその謎はとうとう解明されることとなりました。

新しい研究はこの長年の謎が「本来秩序的な脂質ラフトが無秩序へ移行することにより引き起こされる」ことを報告しました。

実のところ、全身麻酔のメカニズムについて全く見当がついていないわけではありませんでした。

1899年には、ドイツの薬理学者ハンス・ホルスト・マイヤーが、1901年にはイギリスの生物学者チャールズ・アーネスト・オーバートンが、「脂質の溶解度が全身麻酔の意識喪失に関連している」という結論に至っています。

過去に提唱された仮説を更に検証するべくスクリップス研究所の科学者リチャード・ラーナー氏と同研究所のスコット・ハンセン氏はショウジョウバエの細胞を用いて実験を行いました。

過去の研究者らがこれらの仮説が立証できなかった要因の1つとして、この研究の対象となる脂質、もとい細胞が小さすぎたことが挙げられます。しかし、このような非常に小さな世界を観察できる最新の顕微鏡技術を使った「dSTORM(直接確率光学再構成顕微鏡)」の登場によってこの技術的問題をクリアすることが出来ました。

研究チームは、ショウジョウバエの生きた細胞をクロロホルムに浸してその様子を「dSTORM」を用いて観察しました。すると細胞膜表面に存在するGM1と呼ばれる脂質クラスターの集まる面積が大きく広がりました。そしてGM1は広がるにつれてその内容物をこぼし始め、その中にはホスホリパーゼD2(PLD2)と呼ばれる酵素が含まれていました。

このホスホリパーゼD2にタグをつけて追跡すると、まるで「ビリヤードの玉を弾くように」GM1から出ていきPIP2 と呼ばれる別の脂肪クラスターに向かいます。

これにより、ニューロンの発火能力を抑える別の脂肪クラスターが活性化し、意識が喪失するとハンセン氏は説明しました。

麻酔を吸入したことにより構造が破壊されるGM1 credit : リチャードA.ラーナー et al. 2020 PNAS

研究チームはこの結果を裏付けるために生きたハエで実験したところ、PLDの発現を削除されたハエは鎮痛効果に対して抵抗を示すようになったという(ニューロンの発火を抑える酵素がないため)。ハエは最終的に意識を失ったが、同じ反応を示すためには、2倍の麻酔薬への暴露が必要となった。

これは研究は通常は秩序的に働いていた細胞内の環境が麻酔によって無秩序化したことで、私達の意識が喪失することを示唆しています。

一方でPLDがなくなったとしても麻酔効果が完全に無効化されたわけではないことから、鎮痛作用には他の要素も関わっていることが推測されます。ハンセンとラーナーは、今回の発見は、私たちが眠りにつくまでの分子イベントを含む、脳の他の謎を説明する可能性のあると語っています。

参照:ナゾロジー / PNAS / スクリップス研究